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ハンカチーフギャラリー 世界でただひとつのハンカチ専門のネットショップ
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作品タイトル

サー・ウォルター・スコットは19世紀を代表するロマン派の作家で、この『アイヴァンホー』は歴史小説の傑作と言われています。
舞台は12世紀のイギリス。主人公のアイヴァンホーは、「獅子心王」の異名を持つリチャード一世(在位1189〜99年)に仕える騎士で、このアイヴァンホーとロウィーナ姫とのロマンスを中心に、リチャードが変装する黒衣の騎士やロビンフッドなども登場して、痛快無比の騎士道物語が展開されます。
この中に、馬上槍試合(JOUSTING)を描いた場面があります。ジュースティングというのは鎧兜を着け、馬に乗った騎士が一対一で向かい合い、すれ違いざまの一瞬の攻防で勝負をつける試合のことです。たぶん映画などでご覧になったことがおありでしょう。この試合で勝利を収めたアイヴァンホーに対して、こんな描写がされています。

「女性たちは、絹のハンカチや刺繍をした顔帛を振った。身分の高いものも、卑しいものも、みんな声を合わせて、よろこびの叫びをあげた」

ウォルター・スコットは19世紀の作家ですが、中世に対しては百科事典的な知識の持ち主として知られていました。ですからこうした描写から、12世紀にはすでに絹製のハンカチーフが、若い男女の愛情表現として使われていたと考えられます。


作品タイトル
『三銃士』は『モンテクリスト伯』『王妃マルゴ』などでも名高いフランスのアレクサンドル・デュマの作品。
17世紀のフランスを舞台にし、アトス、ポルトス、アラミスの三銃士とダルタニャンとが、陰謀と権謀術数の渦巻くなかを泳ぎ渡ってゆく痛快、汗握る冒険活劇です。
この中に、貴婦人から愛の贈り物としてハンカチーフを贈られたアラミスが、恋人との仲を疑われてごまかす場面が、面白おかしく描かれています。
「ハンカチは実際見事な刺繍がしてあって、一方の角には、王冠の印と紋章がついていた。『このハンカチは、私のものではない。(中略)嘘でない証拠にこの通り、衣嚢(かくし=ポケット)に自分のが入っている』アラミスはこう言いながら、自分のハンカチを取り出した。これもまたなかなか優雅なもので、当時は珍しいものとされた白麻製だったが、刺繍も紋章もなく、ただ持ち主の頭文字がひとつついているだけだった」
この記述からしますと、当時のハンカチーフにはまだ白麻製のものが少なく、絹やレースのハンカチーフが多かったことが解ります。また貴族社会の男女が用いるハンカチーフには、自分の紋章やイニシャルを刺繍するのが通例だったようです。

作品タイトル
『ハムレット』『マクベス』『リア王』と合わせ、シェイクスピアの四大悲劇の一つといわれる『オセロー』。この劇の中では、ハンカチーフが悲劇の元となる重要な小道具として登場します。
ムーア人の英雄オセロー将軍は、若くて美しい妻デズデモーナに、母の形見であるハンカチーフを贈ります。ところがこのハンカチーフは、オセローの母がエジプトの魔女から貰ったといういわくつきのもの。
そんな大切なハンカチーフを、デズデモーナがうっかり落としてしまうのです。これを手に入れたのが、かねてからオセローに恨みを持っていた部下のイヤーゴです。狡猾なイヤーゴは、そのハンカチーフを自分のライバルであるキャシオーの部屋に置き、デズデモーナが浮気をしたように見せかけるのです。
嫉妬に狂ったオセローは、デズデモーナを殺害。しかし後にそれが誤解であったことを知り、最後は自害してしまうというお話です。
『オセロー』が初演されたのは1682年ということですが、オセローの台詞から推察すると、問題のハンカチーフは乙女の血の色をした絹製の縫い取り入りだったようです。

作品タイトル
イメージ画像 『マリー・アントワネット』は絶対平和主義者として知られたオーストリアのユダヤ系作家シュテファン・ツバイクの作品。もしかしたら児童文学としてリライトされた『悲しみの王妃』を小学生時代に読まれた方がいらっしゃるかも。
フランス革命当時、断頭台の露と消えたマリー・アントワネットの生涯を、フェルゼンとの恋をからめて描いた作品ですが、日本ではこれを下敷きにした池田理代子さんの漫画、『ベルサイユのばら』の方が有名ですね。
この小説の中に、王妃が朝、起床してから身支度をするまでの様子が、こと細かに描かれているシーンがあります。
「衣装室を差配する侍女頭が、わきに主席侍女を従えて、朝の衣装に必要な肌着やハンカチなどを持って入ってくる。(略)マリー・アントワネットは、きょうはどの婦人服を着るかを決定しなければならない。(略)見えざる兵器廠からは、モーニング・ドレス、胴衣、レースのハンカチ、襟巻き、婦人帽、マント、飾帯、手袋、靴下、下着類などが続々出される」
これを読むと、当時の貴婦人たちは朝の起床のときに用いる実用のハンカチーフと、盛装をしたときのレースのハンカチーフの二種類を使い分けていたことが解ります。

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『ガリバー旅行記』には、ハンカチーフの話がしばしば登場します。というのも、スウィフトはハンカチーフの熱心な蒐集家(しゅうしゅうか)だったのです。
最初に行った小人国ではこんな具合です。小人たちに捕らえられたガリバーは、体中をいろいろと調べ上げられます。

「まず、この巨大な人間山の上衣の右ポケットを厳重に検査したところ、ただ一枚の大きな粗布を発見した。大きさは宮中、大広間の絨毯ぐらいの大きさである」

反対に巨人国では、巨人がポケットからハンカチーフを取り出し、ガリバーを包んでしまう描写があります。
これらを見ると、18世紀には、男性のポケットにハンカチーフが入れられ、広く使われるようになっていたことが解ります。実は男性の服にポケットがついたのは17世紀になってからなのです。それまでは、ハンカチーフは手に持ったり、腕に掛けたりしていたようです。ちなみに当時のハンカチーフの大きさは25インチ四方だったといいますから、日本の風呂敷サイズの布を、常時ポケットに忍ばせていたわけですね。


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シャーロック・ホームズといえば、耳覆いの付いたツイードの鹿撃ち帽子(deerstalker)をつい思い浮かべます。が実はこの格好、作者のコナン・ドイルが考え出したものではないということはご存知でしたか。
「ホームズ」シリーズの最初の著作『緋色の研究』が発表されたのは1887年でしたが、この作品は発表当時それほど評判にはなりませんでした。その後ドイルは冒険小説などを発表したりして、試行錯誤を繰り返します。
転機が訪れたのは1891年。「ストランドマガジン」(Strand Magazine)の要請を請け、ホームズものの一連の短編を発表したところ、瞬く間に大変な人気となったのです。その人気に大きな貢献をしたのが、挿絵画家シドニー・パジェット(1860年〜1908年)が描いた挿絵でした。今日イメージしているホームズ像は、実はこのパジェットによって形づくられていったものなのです。
バジェットの挿絵には、当時の英国紳士の服装が描かれています。これを見るとホームズはしゃれたフロックコートを着込み、襟元には黒い蝶ネクタイをして、共布らしいハンカチーフを胸ポケットからのぞかせています。
背広やコートが今日のようなスタイルになったのは19世紀に入ってからですが、比較的早い時期から、胸のポケットにハンカチーフをのぞかせることも紳士の大切なおしゃれになっていったようです。

作品タイトル
コナン・ドイルと同じ時期の明治時代に生きた作家に、徳富蘆花がいます。『不如帰』はその徳富蘆花が明治27年に発表した作品で、新派の当たり狂言として、花柳章太郎と水谷八重子によって何回となく上演され大好評を博しました。
この中にハンカチを振って別れを告げるという名場面があります。これが<ハンカチは別れを告げるためのもの、流れる涙を拭うもの>という日本的な使われ方をした、おそらく最初であったと思われます。
『横浜記』という書物によると、日本でハンカチーフが使われだしたのは明治11年(1878年)頃。明治19年には、女学生の間で首にハンカチーフを巻くのが「困った風潮」として流行したといいますから、この頃はまだ鼻をかんだり口をぬぐったりする西洋人のハンカチーフの使い方が、日本人にはよく解っていなかったのでしょう。そのため、『不如帰』に見られるような、日本オリジナルの使い方が育っていったようです。


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